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2021年6月17日 (木)

【舞台】「フェイクスピア」(東京芸術劇場、東京・池袋)

20210617fakespeare

時間が経ってしまったので簡単に(現在7/2)。

演出家としての野田秀樹の真骨頂を見たと思う。
掛け値なしの素晴らしい舞台だった。
つかも蜷川も亡くなってからしばらくご無沙汰だった感覚……心臓を鷲づかみにされたようなあの感覚、カタルシスを再び味わえようとは。
ちなみにネタバレがあるのでまだ観ていない方はここでストップ。
そしてこんな感想文は読まないでいいから、チャンスがあったらホンモノを観てください、是非。


だいたいずるいんだよね、白石加代子と橋爪功って変幻自在じゃん(お二人とも大好きな俳優さんなので嬉しい)。
しかも(この接続詞、ヘン)高橋一生がかなり上手かった。ちょっと吃驚するくらい。
むしろ、ある程度画一化されて見えてしまうテレビよりも、全方位に実力が発揮される舞台のほうが向いているのでは??(と思うくらいの熱演だった)
ほかも文句なしだったが、名前の付いていない役、つまりカラスたち(コロスと掛けてて笑った)がまた上手かった。
人形浄瑠璃風のところなんか本当に片方は人形のようだったし、そこかしこで目を剥くレベルの演技力を披露していた。
そういえばNODA★MAPの最近の舞台では、毎回毎回「モブが凄かった」と思わされている気がする。
ものすごいレベルの舞台なんだなとあらためて思った。

演出もよかった。
幕を使った切り替わりは見事としか云いようがなかったし、最後のアレも……。

最後の30分、涙が止まらなかった。
すべて「引用」だし、本物の飛行機があるわけじゃない。
だが、仮に目の前に実際の映像があったとして、この舞台で再現されているほどリアルに感じるだろうか?
リアリティが恐ろしいほどの強さだった。
たとえば乗客を演じている人たちが白いバーを上げ下げするだけで、酸素マスクを着けているとわかる。
その現実がひしひしと伝わってくる。
これはまぎれもなくリアル。フェイクじゃない。

作中、「プロメテウスの従弟」が出てきて、神様から「シ」の言葉を盗んだ(つまり死の概念をニンゲンにもたらした)ことになっていたが、確かに死の概念がなければ「間際まで生きようともがく」こともあるまい。
草木のようにゆるやかに滅びていくだけだ。

「フェイクニュース」という単語でもわかるとおり、言葉はフェイクにもリアルにもなる。
昨今のSNSなどによる言葉の洪水は、どうも言葉をフェイクにしやすい気がする。
なぜだろう?(もうちょっと真剣に考えるべきなんだろうか?)
そうやって現在、言葉からリアリティがはぎとられていくのを、この演出家が心から心配しているようにもとれた。

現実を描いたからといって、即、リアルになるわけじゃない。
シェイクスピアの戯曲のように、時を超えてなお普遍性を保つものがあるように、フィクションの言葉が必ずしもフェイクになるわけじゃない。
フェイクでありながらリアルを侵蝕する言葉もある。
コトバのリアリティってなんだろう?
昔からなんとなくずっと考えてきたことを、再び考えさせられた舞台だった。

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