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2009年12月24日 (木)

舞台:十二月大歌舞伎 昼の部(歌舞伎座、東京・銀座)

見てきました。以下、かなり個人的に偏った感想なのでご注意。

クドカンこと宮藤官九郎の新作歌舞伎「大江戸りびんぐでっど」を観た。
まぁなんつーか。
くだらないことこの上なかった(笑)。

※注:「くだらない」は実は批判の言葉ではござりまセン。批判するなら「つまらない」。
実はこれより少し前にタランティーノの「イングロリアス・バスターズ」を観ていて、「さすがタランティーノ、なんちゅーくだらん映画を作るんじゃ」と感心していたのだが、それを見事に吹き飛ばすくだらなさだった(笑)。
こんなくだらん舞台を見たのは初めてだ。
今年最高のくだらなさ!!

※注:これの一つ前に「身替座禅」も観ており、古典ながら笑いのたっぷり詰まった楽しい演目と堪能したのですが、「りびんぐでっど」のあまりのくだらなさに印象がふっとんでしまったのでありんシタ。
しかも脚本がくだらん割りに、演じてる俳優陣は超強力メンバーで(実力アリアリ)、そのギャップがまた凄い。
特に亀蔵は、あとで筋書きを読んだら無類のゾンビ好きとのことで、ノリノリだった。
いやもう、ホントに「活き活き」としたゾンビを演ってござった(笑)。

あらすじは……
あらすじは、なんだろう?(笑)
花のお江戸で、くさや職人のくさや汁が死体にかかると、その死体が蘇って動くようになってしまった。
その蘇り死体(りびんぐでっど)たちが引き起こす騒動の顛末、とでも言っておこうか。
……何の説明にもなっとらんが。
まぁだいたいクドカンの脚本は(私的には)あらすじはあって無きが如しなので……「こうなったらどうなるかな」という思いつきとパロディだけで進んでいくような……。
りびんぐでっどたちのことを「鼻の存続に関わる問題から、『存鼻』」と名づけてみたり、そのゾンビたちを安い賃金で働かせるネットワークを作ってそれを「ハケン」と呼んでみたり。

わかってしまうと笑わずにはいられないのだが、果たして歌舞伎座常連のおばあちゃまたちにはどうだったろうか。
舞台上の役者さんたちは思い切り楽しんでいたけどね。

実は私はクドカンの脚本が苦手。
それは主として「カタルシスがない」からだ。
さらに、ヒトの痛みを逆手にとって(ハケンがらみのセリフは痛いものばかりだったぞ)平気でいられる様子を見ていると、単になんでもかんでもパロディ化してしまうのがこの脚本家のスタンスなのかなと思ったりする。
そのへん、真面目さがないのが野田秀樹と一線を画すところで、苦手なんだな~、私は(ファンの方、ごめんなさい)。
今回のもそうだったんだけど、でも、歌舞伎だと笑って観ていられるのはなぜなんだろう?(笑)
ある意味、本当に新しい歌舞伎、かも。

でもまぁ、初心者さんには野田版歌舞伎の方がオススメだ。
夜の部の「鼠小僧」は再演だったため自分は今回はパスしたが、笑って、しかもほろりとできる、いい演目だと思う。

それに引き換え、「大江戸りびんぐでっど」は本当にくだらなかった(笑)。
一番やりたかったのは、最後の「架け橋」でもなんでもなくて、単に某ポップスター(故人)の「スリラー」のパクリだよね!?
そうだよね!?
要は歌舞伎座で「スリラー」ができればよかったんだよね!?
という演目でございました。とっぴんぱらりのぷぅ。

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