展示:ゴーギャン展(国立近代美術館、東京・竹橋)
夕方、ちょっと早めに上がって、竹橋の近美でやっているゴーギャン展を観に行った。
平日の夜だというのに、結構な人出だった。
少し前にNHKの「日曜美術館」で取り上げられたせいだろうか。
初期の作品はまるで印象派だった。
ピサロたちから影響を受けてるんだから当たり前だけど。
このころの作品は社会的にもひととおりの評価を受けていたようだ。
でも、どっちかっていうと没個性。
後年のゴーギャンらしいタッチはまだなく、ひたすら「印象派」だ。
ブルターニュとの邂逅から、だんだん野生に目覚め(?)、原初的な何かを求めてタヒチへ渡る。
実はタヒチへ渡る前から、いわゆるゴーギャンらしい絵になってきている。
タヒチでそれをさらに開花させるが、パリの画壇ではスカをくらう。
タヒチ滞在記を版画付きで出版し、タヒチへの理解を深めてもらおうとしたりもしたが、やっぱりスカ。
この版画が展示されており、なかなか面白かった。
自刷りとロワ版とポーラ版とあって、比較するのも面白い。
色つきの版(ロワ版)もいいけど、モノクロだけで十分なのになー。
モノクロ一版刷り(ポーラ版)はすごく細妙な刷り上がりで、独特の雰囲気をよく醸しだしていると思う。
色付きの場合、色版でその細妙さが潰されている部分がある。
ただし、色付きにすると、今度は画面が燃えているようなカンジがあって、それを「タヒチ」のエッセンスとして伝えたかったのかなーとも思った。
さて、全然認めてもらえず失望したゴーギャンはパリ(=堕ちた文明社会)と訣別し、楽園に近いタヒチへ戻るけれど、以前と同じ楽園はそこにはなかった。
まず、一緒に暮らした娘は他の男と結婚していた(でも別な幼な妻を見つけたみたいなんだけど…)。
さらに最愛の娘の訃報が届き、自らも死を考えるようになる。
そこで「遺作」として制作されたのが、有名なかの絵である。
「我々はどこから来たのか 我々は何者か 我々はどこへ行くのか」
この絵は凄かった。
何が凄いって、黄金の肌がまるで燃えているようだった。
炎のようだと思いながら、なぜか中上健次の「燃えあがるように生きるのでなければ生きている気がしない」男を描いた一節を思い出していた(たぶん『千年の愉楽』収録作品)。
燃え上がるような肌をした黄金色の人々とは対照的に、服を着た人々(=知恵の実を食べて自意識を得た人々)、死者と思われる女(娘アリーヌだという説)、そして偶像は、燃焼の可能性すら見せない沈んだ色をしている。
ゴーギャン自身の言及や、後世に付けられた説明も興味深かったけれど、私にはその燃え上がる黄金の膚がすべてだった。
どの動画だろうとどの写真だろうと、その神秘的とすらいえる色彩は、決して再現できないだろう。
そして、100年経ってなおこの輝きであれば、制作当時はどれほど鮮やかだったことか。
もっとも、今は私もこんなふうに感じられるようになったけれど、もっと若いころはゴーギャンのこの手の絵の良さなんかなぁんにもわからなかった(笑)。
20年前に見に来ていたら、むしろ初期の印象派チックな絵を「一番いい」と思っていたかもしれない。
だからきっと、間口が広くないと受容するのが難しいんだ(と、勝手に思っている)。
当時のパリの画壇は、文化的には爛熟していたけれど、ゴーギャンの絵を受け入れるにはむしろ「若かった」のかもしれない。
たわごとはおいといて。
その後、砒素で自殺を図りながらも命ながらえたゴーギャンは、さらに何点かの美しい絵画を残した。
だが、見る限り、以前の輝くような色彩、すなわち、生命・燃焼・謳歌をイメージさせるような色は、画面から失われていた。
遅咲きで、短く燃え上がり燃え尽きた画家生命だったんだなぁと思った。
ミュージアムショップで、例の大作の燃えるような色彩を少しなりと再現しているモノはないかと探してみたが、やっぱりなかった。
あれだけは、あの感覚だけは、原画を見ないとだめらしい。
全体の点数は少ないが、あの絵を見るためなら1200円(前売)払うのも惜しくはなかろう。
▼ゴーギャン展は9月23日(水・祝)まで
http://www.gauguin2009.jp/
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