読書:『海』
書名:海
著者:小川 洋子 (著)
文庫:184ページ
出版社:新潮社 (新潮文庫)
ISBN:978-4101215242
発売日:2009/02
あらすじ 恋人の家を訪ねた青年が、海からの風が吹いて初めて鳴る“鳴鱗琴”について、一晩彼女の弟と語り合う表題作、言葉を失った少女と孤独なドアマンの交流を綴る「ひよこトラック」、思い出に題名をつけるという老人と観光ガイドの少年の話「ガイド」など、静謐で妖しくちょっと奇妙な七編。「今は失われてしまった何か」をずっと見続ける小川洋子の真髄。著者インタビューを併録。
『博士の愛した数式』の作者・小川洋子の、ちょっと現実とずれたようなワールドの、短編集。
この本のいいところは、まず、すごく薄い(笑)。
「あっという間に読める」っていうのはイイことだよね?
登場人物は、だれもがなにかしら「偏っている」感じがする。
舞台は現実世界なのに、なんとなく奇妙な、別の世界に紛れ込んでしまったような印象を受けるのは、世界のあり様が奇妙なのではなく、登場人物が「偏っている」からではないかと思う。
「偏っている」とはつまり、何かの「思い込み」を有しているということであり、あるいは、均質な世界においては「思い込み」と見なされるような現実を生きているということである。
もっとも、そうした奇妙な物語ばかりではなく、中にはごく普通の日常を切り取った短編もある(バスの運転手の話とか編み物をするおばあさんの話とか)。
また、ちょっぴり奇妙なんだけど、ちょっぴり笑えて憎めない、毒のない短編もある(ヨハンの話とか)。
そうだなー、今「毒のない」って思わず書いたけど、他の話はなんとな~く「ねっとり」した感じがあるんだよなー、私から見ると。
あとがきにあったように、これらの作品では共通して「記憶」が重視されている。
それはわかる。
しかし、「今は失われてしまった何か」が書かれている(あるいはそれに捧げられている)といわれても、残念ながら私にはピンとこなかった。
なぜって、出てくるモノ・コトが「もともと存在しない何か」じゃないかと思ったり、「これから失われる何か」じゃないかと感じたり、「受動ではなく能動的に欠落させている何か」じゃないかと思ってみたり、「失われたと思っているが失われていない何か」のように感じてみたりしちゃったからだ。
自分の感覚がすべてではないし、現実の側こそむしろよりいっそう偏った奇矯なモノであるかもしれないとは思うのだが。
このへんが自分の中でクリアにならないがゆえに、「思い込み」だの「偏り」だののキーワードが浮かんできちゃうんだろうな。
ストーリーを読むのではない、心情を読み解くのでもない、小説中に現れる「偏り」をただ見ろと指示されている気がしちゃったりとか……。
何書いてるんだか、自分でもよくわからなくなってきたな。
まぁ、「偏っている」と感じたのはホント。
そして「よくわからない」と感じたことも白状しちゃおう(笑)。
短編だから何本でも読めるけど、このまま長編になったら読むのがツライかも(笑)。
しかし実際は短編集であり、ごく薄い文庫であるので、一度くらい読んでみるのがイイかもしれない。
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