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2002年3月の記事

2002年3月31日 (日)

春の一日

大学の先生にお誘いを受けて、花見→飲み会に参加。
花見のコースはこんな感じだった。
市川駅(バス)→国分(以後徒歩)→国分寺→国分尼寺跡→ジュン菜池→里見公園→江戸川べり

もうすごい日差しで(笑)。日に焼けたんじゃないかなぁ。
朝方は寒かったし、雨が降るという予報だったので、それなりの上着なんか着てってしまって後悔しきり(笑)。
初夏の陽気だった(笑)。

桜は、終わっているものも多かったが、種類によってはちょうど満開くらいのものもあって、なかなか楽しめた。特にジュン菜池で、水面にしなだれかかるような枝振りで咲いていた桜が美しかった。
里見公園では石棺を見た。
どうして人間は「葬る」ということをしないと満足できないんですかねぇ、などと話した。

呑み会では、名前の話から入って、どこをどうなったか芸術論に。
いや、芸術論というのは正しくない。
美学はありやなしやとか、●●史学的アプローチは妥当かとか、まぁ、与太話をたくさん(話を与太にしていたのはワタクシかも‥‥反省)。

たっぷりおいしいお料理をいただいて、夜の9時までお邪魔してわいわい騒いで帰ってきた。
久しぶりにテツガク的話題もOKな(ワタクシが議論を掻き混ぜてしまってましたが(汗))集まりに出られて楽しかった。

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2002年3月30日 (土)

本日の謎/お買い物

■本日の謎
 何気なく玄関わきの植え込みを覗いたところ、奥に栗のイガが落ちていた。
 なぜ? どうして??
 うちには梅・桃・柿の木はあるけれど、栗の木はない。ご近所にもなかったと思う。
 栗の皮が落ちているなら「誰か甘栗を食べてゴミを捨てたな」とわかるのだが、なぜイガが‥‥?

■お買い物
 iMacが戻ってくるというので、その前にヨドバシカメラへ買い物にいった。
 ひさびさに売り場を回ってみたら、まぁ~いろいろとあるわあるわ。マウスなんかの細いケーブルを固定するネコの置き物とか、色とりどりのCDケースとか、電磁波を吸収するパッドとか(本当か?)。
 LANケーブルひとつをとっても、昔はグレーかベージュしかなかったのに今や色とりどり。色の好みで選んじゃったりして。これもみなiMacのおかげねー(笑)。

 1時間半かけて楽しくお買い物した(何をそんなに時間かけとるんだ‥)。いやあ、洋服買うより楽しいかも。‥‥女じゃないね。

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2002年3月29日 (金)

コンサート:マタイ受難曲★バッハ・コレギウム・ジャパン

■演奏:バッハ・コレギウム・ジャパン
■独唱:ゲルト=テュルク(福音書記者:テノール)、エッケハルト=アーベレ(イエス:バス)、ドミニク=ラーベル(ソプラノ)、ロビン=ブレイズ(カウンター・テナー)
■日時:2002年3月29日(金)19:00~
■会場:彩の国さいたま芸術劇場・音楽ホール
■曲目:マタイ受難曲

聖金曜日。
オーケストラも合唱も、いつもと違って大編成(2倍:当社比)。左右2つのパートに分かれていた。

特に多くは書きますまい。
ゲルト=テュルクが美しかった(声が)。
アリアなどと違って、福音書記者のパートはほとんど「語り」に近い。それでいてあれだけ声を響かせられるのには参った。
ロビン=ブレイズは自分のパートがないときに、椅子に座り込み(まるで子どものように)、合唱やオケに合わせて体を揺らしたり歌ってみたり。歌っていないときでも「音の中にいるんだな」とよくわかった(他の方々も形こそ違えみなそうですが)。
もちろん、歌もよかった。私はアルトでは特に「この頬の涙が甲斐なしとあらば‥」が好き。

エッケハルト=アーベレは、一見、「どこの組の方ですか?」と訊きたくなるような風貌で、背も高い人だが、予想に反して高めのバス。個人的には低めのバスの方が好きだけれど、バスのアリア「わが心を清め、主を迎え入れよう」が受難曲中いちばん好きな私でも満足の出来だったと思う。
逆にドミニク=ラーベルは低めのソプラノで、もうちょっとソリストの取り合わせを考えてほしかったなぁ、BCJ。どのソリストも似たような感じに聞こえることが何度かあってちょっと残念だった(テノール以外)。

合唱・低音・オーボエが相変わらず冴えた演奏をしていた。
チェンバロが不在で、ヴィオラ・ダ・ガンバがソロを2本弾いた。聴くたびに、あんな美しい音を出す楽器があるのかと思う。

私は本当にマタイ受難曲が好きなのだと、再認識。演奏のせいなのか単に曲が美しいからなのか判然としないまま、もう最後のほうなんかボロボロ。国内でこのレベルのバッハが聴けるというのは実に実に嬉しいことだ。

ただ、個人的に私は規定のリズムよりわざと半拍ずらすような演奏はそれほど好きじゃない(今は)。ヴァイオリンのソロ、フルートのソロなどがこれを多用していて、本来のテンポを幾度か見失いそうになった。バッハではどちらかといえばリズムどおりにかっちり奏でて、それでなお情感を出す方に心を砕いてほしいなぁ、とは、全く私的な我儘であるが。

あとは客!! おおむね上客ばかりだが、演奏が最後にかかるところで荷造りを始めるのはヤメロ! 五月蝿い!!(涙)

まぁ‥‥先程も書いたとおり、国内でこれだけのレベルの演奏が聴けるのはありがたいこと。
合唱パートで群集が「磔にしろ!」と叫ぶところなんかもう‥‥ゾクゾクしちゃいます。
マタイは毎年やってくれないかな~、と、最後も我儘で締めるのであった。

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2002年3月28日 (木)

留守電

夜。家に帰ったら留守録のライトがペカペカ光っている。
なんじゃ?と思って聞いてみたら、アップルコンピュータからだった。

「iMacのディスプレイの修理が終わりましたので、発送します」
とのこと。
わーい! もっと日にちがかかるかと思っていたので嬉しい。
今週末には再びお目にかかれるわ。
いよいよデータの移動とかアプリのインストールとか始めなければ。
わくわくするけど、めんどくさいんだよね(笑)。

で、やっぱり留守番電話って便利だと思った。(<単純)
それだけですが。

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2002年3月27日 (水)

スキンシップ

帰りの電車の中でのこと。
若いお母さんがベビーカーを前において座席に座っていた。
ベビーカーの中にどんな赤ちゃんがいるのかは私からは見えず、声だけがよく聞こえた。

高田馬場を過ぎて新大久保のあたりから猛烈に泣き出した。
お母さんはあやしているようではあるものの、赤ん坊はベビーカーに入れっぱなし。
抱き上げてあげればいいのに。
暑いのかおしめが濡れて気持ち悪いのか眠いのかわからないけれど、
抱いてあげるだけじゃそれらは解決しないかもしれないけれど、
お母さんに抱かれるだけで少しは安心すると思うのだが。
でもそのお母さんは新宿で降りる最後まで赤ちゃんを抱いてあげなかった。

大学生の頃、授業で教育心理学をとったが(<教職必須科目なのだ)、そのときに先生がこんな実験の話をしてくれた。

サルの赤ちゃん二匹を、一匹はワイヤーと木組みだけの「おかあさん」と一緒に、もう一匹はそのワイヤーと木組みに毛布を巻きつけた「おかあさん」と一緒の部屋に入れておいたところ、毛布つき「おかあさん」と一緒の赤ちゃんザルは健やかに日々を過ごしたのに、毛布なし「おかあさん」と一緒の方は情緒不安定になってしまった。

要は、赤ちゃんにはスキンシップが大切、ということの実証だったわけだが(だから骨っぽいパパに抱かれるより柔らかいママに抱かれる方が気持ちいいのだ(笑))、そのサルの話を聞いてとてもかわいそうに思った覚えがある。
今でも深く印象に残っている。きっと先生の話が巧かったのね。

で、このときもその毛布ナシ「おかあさん」と一緒だったサルを思い出してしまった。
あとで抱いてもらえていますように。

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2002年3月26日 (火)

桃の花

うちには桃の木がある。すでに満開、いや、散り始めている。葉っぱも出始めている。
よくよく見ると桜や梅よりやや大ぶりな花は、ぼんやりした印象がある。
一つ一つの花を近くで見ると、綺麗だなぁと思う。
それはそれは綺麗な桃色をしている。
桃は桜や梅と違ってそこら中で見かける木ではないし、時期もイメージもご両名の「中間」みたいに思われるところがあるが、きちんと桃には桃の顔がある。
大雑把に言えば、桜みたいにしわしわした感じがなく、梅みたいに蝋のように見えることもない。
ふっくらして大らかな感じのする花だった。

夏になると実がなる。別に間引いてやったりしないので、小さな実のままだ。
(間引くと養分が集中して大きくなるらしい)
私はあまり食べないけれど、ちゃんと食べられて桃らしい味もするらしい。

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2002年3月25日 (月)

泣ける絵本

書くネタがないので…(汗)。

泣ける絵本といえば、筆頭は『やさしいライオン』でしょう。
作者はアンパンマンの原作者でもあるやなせたかしさん。天才ですよね、この人は…。

ブルブルは、とてもきだてのいいやさしいライオン。
やさしい犬のお母さんムクムクに育てられたけれど、別れ別れになってしまった。
ある日、ブルブルは檻を破って逃げ出した。
お母さんに会いたいから。
ただお母さんに会いたかったから。
でもブルブルはライオンだから、凶暴だからとひとびとは銃を持って追いかける。
ブルブルはまだ何も悪いことをしていないのに。ただのやさしいライオンなのに‥‥

とゆー、哀し~い悲し~い絵本です。涙なしでは読めません(思い出すだけで泣けてくる…)。
ぜひお子さんに読んであげてください。でも読んでるお母さんが泣いちゃうかもね…。

▼この本はこちら。


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2002年3月24日 (日)

コンサート:Nathalie Wise★コンサート

■会場:鎌倉芸術館・小ホール
■日時:2002年3月24日(日)18:30~

Nathalie Wiseのコンサートを聴きに、大船まで行った。
我ながらご苦労だったわ(笑)。
Tokyo No.1 Soul SetのBIKKEと、undercurrentの斉藤哲也と、あと高野寛というメンバーで構成されたユニットだ。

思っていたよりもずっといいコンサートだったと思う。
テルミン、初めて実物を見た。どーゆー原理の楽器だかよくわからない。高野寛はテルミンの演奏(?)が実にお上手で、吃驚。
BIKKEのSpoken Wordsは(歌を歌うわけではないので、こう言う)相変わらず不思議な魅力がある。声もいいし、ノリがいい。

そして何と言っても斉藤哲也のピアノでしょう。耳が釘付けになる(←この表現、変だな…)。
もともと私はピアノという楽器が好きなのだ。
いや、言い訳はすまい。ええそうですとも、どうやら私は斉藤哲也の作り出す音が好きなの、無条件に。

ヴァイオリンとベースはサポートメンバーだが、彼らなしでは音楽が成り立たない。
ベース…というか、「低音」は地味だけど、本当に重要。
ヴァイオリンは逆に高音。歌のあまり入らない曲が多いので、代わりに威力を発揮する。
ところで、ベースがどう見ても5弦あったと思うんだが…気になって何度も見直してしまった。5弦のベースってあるの? ふしぎ。

曲目の中では「No Signal」が好き。
アルバムではそこまで強く思わなかったのに、生で聴いたら、いつまでもいつまでもいつまでも聴いていたいと思わされた。
アンコールでもう一度これを演奏してくれたときは本当に嬉しかった。

私は時々目を閉じてみる。
そうすると音がより鮮やかになる瞬間があるから。
目を開けていてはわかりにくい情報(音の方向等)までもが入ってきて、より聴覚的に音の場を構成できる気がする。
人間はいかに視覚に頼って世界を再構成していることか。
こういう場で時おり視覚にお休みを与えてあげるのもいいものだ。
(でもこれ、疲れてるときにやると、寝ます…)

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2002年3月23日 (土)

展示:Mac Expo Tokyo 2002

午後から東京ビッグサイトのマックエキスポへ。
ん~、目新しいものはなかったな~。ますますこじんまりとしてしまったし…。

何のコーナーだか忘れてしまったが、都市野鳥の写真をCD−Rに焼いて売っていたので、買ってしまった(「都市野鳥」ってのも変な言葉だな……)。
その写真を撮った人としばらくおしゃべりして、とても楽しかった。
ヒヨドリがお気に入りだそうで。確かに写真を見るとかわいい。
でもね、うちでは目の敵にされてるんだよね、ヒヨドリ。だって庭の花のつぼみを食べちゃうんだもん。
「ああ、甘いものが好きだからねぇ」との話。
撮影はデジタルカメラで行っているとのこと。実際に写真を見ると、「なるほど、こういう写真が撮れるのはデジタルならではかも」と思う。特に連写。銀塩でやってたら破産しちゃう(笑)。

Mac OS X 用のゲームソフトを紹介するコーナーがあって、これは見ていて面白かった。
リトルウィングのピンボールゲームがちゃんと出てたよ。今度買おうかな。

あとはソフマップあたりでついついへんてこなソフト(「切って貼ってグー」「ミクロくん」等)を買って、作者友の会の隣の店で(何の店だったのだ??)「のぽぽんスクィーズ」と、さらに「お昼寝のぽぽん」を思わず買ってしまった。
スクィーズは、握っても握っても元に戻るポリウレタン製、「お昼寝…」は「のぽぽん」のお昼寝枕版である。
マックエキスポに来ていったい何を買っておるのだ、わたくしは……(汗)。
ところでこのお昼寝のぽぽん、後ろにファスナーがついてるんだけど……何のためのものなのかとんとわからぬ。誰か知ってたら教えてください(笑)。

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展示:横山大観展

■会場:東京国立博物館(上野)
■会期:~2002年3月24日(日)終了

招待券があったので行ってみた。ら、とんでもなかった。
まず館内に入るまでに15~20分ほど待たされた。
今日はこれまでの陽気が顔を隠し、肌寒い日だったので、並んで待っている間、足が寒かった。

しかし、問題はそんなことではなかった。館内である。
ものすごい人混み。作品の周りはもう、人・人・人。
(みんな、そんなに大観が好きなのか…??)
巻物なんて、ほとんど見えなかった。
すでにして人混みのために気力が萎えていたので、短時間で勝負をかける。

屏風絵が良かった。金箔の中に楚として立つ人物に、切り取られた美しさがある。
あるいは、紅葉の色の鮮やかさに、ゴーギャンを思い出すなどというちぐはぐさを楽しむ。
有名な桜の屏風絵は、印刷物と違って、篝火から禍々しさが立ちのぼる。

屏風以外では、屈原の絵がいい。ダントツで良かったかな。
画中に描かれている雀の、目つきの悪さが何とも言えず好きである。

それ以外はまぁまぁ……そもそも大観はそれほど上手い画家とは思わない。
動物とか、デッサンが変だし……女性を描かせれば鏑木ほど美しくならないし……かといって写実的ってわけでもないし……。
それでこれだけ人気があるというのは一寸驚きだった。

続けて、松永耳庵コレクションを見た。お茶道具や何かの蒐集品らしい。
全然期待してなかったのに、これが面白かった~。
陶器を久しぶりに見たなぁ。
高麗茶碗が薄くて泣きたくなるほど美しい。
あと、「牛形イ」(「イ」の漢字が出ません)というのがおかしな顔つきで気に入った。要は液体を入れて、注ぐための器のようだったが。
飛鳥朝の小さい仏像もよかったし、掛け軸の猿コウ図や(「コウ(猿の異字)」も出ない~)、原三渓の睡蓮図なども、見られて良かった。

最後に考古時代の部屋をざっと見た。これまた面白かった。
火焔土器はかっこいいし、縄文の土偶はむちゃくちゃかわいいし(どうしてあんなにかわいいのだろう?)、舶来のシリアガラスやら中国・韓国の陶磁器やらは美しいし、金属器を真似て作られた須恵器は実に上手く模倣されていて感心するしで、楽しかった。

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2002年3月22日 (金)

視覚の世界

一昨日、エディ=リーダーのコンサートに行った帰りのこと。
ラーメン屋へ行くために地下道を往復したのだが、帰る際に、動いていないエスカレータを登る機会があった。

何のことはない、単に黒い金属製の階段を上ればいいだけ、と、思ったのだが、これがとんでもなかった。
いやいや、エスカレータは何も悪さをしない。
悪さをするのは、自分の脳である。
もう、死にそうに気持ち悪いのだ。
動かないエスカレータを登るのがあんなに気持ち悪く、酔いそうなものだとは知らなかった。

一緒にいた妹も全く同様で、二人して「気持ち悪い~」と悲鳴をあげながら駆け上った。
もう、三半規管はぐらぐら。
地上に出てしばらくもふらふらする気がする。
地下鉄のホームに降りるとき、今度は動いているエスカレータで下ったのだが、これに乗っている間も何となく気持ち悪かった。

思うに、エスカレータを見ると、目が脳に「動くよ~ん」という見積り情報を送ってしまうのだろう。
それなのに動かないから、酔うのだ。
「今、動いていない」と頭でわかっているのに、慣性というのか、習慣的な視覚情報の方が優先されてしまうとは……。
人間、いかに視覚に縛られて過ごしていることか。しみじみ感じた一件だった。

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2002年3月21日 (木)

イブクロ・ルールズ・ザ・ワールド

うちの妹の迷言である。
そもそも妹は昔から食べることが好き。
そして中高生のころに判明したのだが、お腹が空くとものすごく不機嫌になる。
終いには怒り出す(巻き添え食らう方はいい迷惑である)。

昨日のコンサートでも、会場へ行って会った途端、「お腹空いた。」
聞けば、お腹があんまり空いているので、そのうち怒り出しそうとのこと。
これはヤバイと、会社から持ち出したビスコを一袋、それからキャラメルなんぞを与えて、何とか誤魔化した。
その折に、「IBUKURO rules the world だから」とご本人が宣ったのだ。

胃袋・ルール(ズ)・ザ・ワールドねぇ‥‥‥おかしいやら呆れるやら。
まぁ、確かに妹の場合は全くそのとおりと言わざるを得まい。
とりあえずキャラメルの奮闘のおかげで被害にも遭わず、無事に帰ることができた。

ちなみに妹がドイツ語を習ったときに最初に覚えた言葉は、「イッヒ・ハーベ・フンガー!」
(要するに「お腹が空いた!」という意味)
あんまり叫ぶから、家族みんなで覚えさせられました。胃袋、偉大ナリ。

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2002年3月20日 (水)

ライブ:Eddi Reader★Japan Tour 2002

■会場:ラフォーレ・ミュージアム六本木
■日時:2002年3月20日(水)19:30~

妹のお気に入り、エディ=リーダーのライブを聴いてきた。
席は自由席、妹ががんばって早めに行ってくれたので、前から4列目という、他のコンサートでは取ったことがないようないい席に座ることができた。

開演は19時半。その時間になると、まず今宵エディの伴奏をつとめるコリン=リードというお兄ちゃんが出てきて、3曲ほどギターを演奏。巧いお兄ちゃんだった。
本番中、エディに「ギターはすばらしい。でもゴルフはできない。料理もできない」と評されていた(笑)。
その後、同じく伴奏をつとめるブー=フワディンという口ひげのおじちゃんが出てきて、これまた2曲ほど演奏。こちらは曲を提供したり、一緒に曲作りをしたりする、エディのパートナーらしい。
最後にエディも出てきて1~2曲歌い、ここで前座(?)が終了する。
30分くらい、休憩(何分休憩するか、言って欲しかった‥)。

20時半頃、やっと本番が始まった。
実は私、CDも持ってないし、エディの歌はフェアグラウンド・アトラクションのときのをちょっぴり知っているくらいだったので、どの曲を聴いてもどれが何やら(無謀)。
でも相変わらず声はかわいらしい。
「天使の歌声」と評される歌声だ。
声だけ聴くときっと、女性が歌っているのか少年が歌っているのか、わからない。そんな歌声なのだ。

何曲か歌ったあとから、ノリがよくなったように思う。
歌声を朗々と聞かせるような曲ばかりかと思っていたら、とんでもない。
楽しいアップテンポな曲なんかも交えて、あっというまにラスト。
激しいアンコールに応えてもちろん再登場し、5曲くらい歌ってまた退場。
さらに激しいアンコールで、再再登場し、3~4曲歌って、最後の最後に一人になって「Clare」(だと思う)を無伴奏で熱唱してくれた。
途中、トランペットなんかの楽器の音を真似て歌ってくれるのだが、信じられないくらい巧かった。特にトランペットは本当にそっくりで可笑しかった。

ちなみに私が一番よく知っていたのは、2度目のアンコールで歌ってくれた「Perfect」。
この曲、好き。

不思議な空間だった。

終わったのは22時半。もうお腹が空いて(笑)。
アークヒルズに出て、向こうの岸にラーメン屋を発見。地下道を通って大通りを横断し、ラーメンを食べに入った。
外国の人がよく使うのだろう、英語版のメニューが貼ってあって面白かった。
私は野菜ラーメン、妹はワンタンメンを美味しくいただいた。
が。たいへん美味しかったが。
ラーメンの味わいのお陰で、エディの歌が吹っ飛んでしまったかも(苦笑)。
音楽に抱かれたまま、すきっ腹を抱えて帰るべきだったかね、と、妹と話しながら帰ったのだった。

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2002年3月19日 (火)

スロット

自動販売機で缶ジュースを買った。
そうしたらヘンな数字がピコピコ光って、4桁とも「2」で止まった。
おや???
これってスロット???
7揃いじゃなくて、2でもいいのかしら?
よくわからなくて悩んでいたが、どうももう一回自販機のボタンを押せるらしい。
押してみたらもう一本、ジュースが転がり出てきた。

いやぁ、初めて当たってしまったよ。
こういう仕掛けって、見かけだけで、当たりなんて出ないものだと思っていたが、一応当たるものなのね(笑)。

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2002年3月18日 (月)

割烹の里

割烹の里

実は即席みそ汁の名前である。
フリーズドライなのに、とても美味しい。
だいたいインスタントみそ汁は、生ミソタイプの方が断然美味しく感じるものだが、これはフリーズドライのくせに旨いのだ。

京だし椀、えのき椀、麦みそ椀、かき玉椀などがあって、どれも美味。
お昼ご飯のときに重宝していた。もうあと一つでなくなってしまう。
でも買いたくてもいただきものなのでどこで売っているかわからない。
う~ん、残念。

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2002年3月17日 (日)

沈丁花

最近、また少し見るようになった。

実を言えば、小さい頃からこの花を「美しい」と思ったことは一度もない。
もうずっと前に枯れてしまったが、以前はうちの庭にも赤い花のが一本生えていて、春になるとそれは強い香りを発していた。
この紅い種の沈丁花は、咲くとなんだか紅い完全体を割って壊したように見えたり、逆に白地の花に紅いゴミがついているように見えたり、私にとってはお世辞にも「きれいな花」と見えなかった。
白い種の方はもうちょっと清楚に見えるのだが‥‥

そんな感じで特に惜しい花とも思っていなかったが、枯れてしまうとまた考えが変わるもの。
姿ではなく、香りがないのがちと淋しい。

それで、最近、街角で見かけると嬉しくて、花が咲いていると近寄っていって香りを嗅いでみる。
でも昔よりも香りが弱くなった気がするのはなぜだろう?
昔、うちに咲いていた沈丁花は、数メートル先からでも香りが届いて、本当に近くまで寄ると逆に「匂いがきつすぎる」と感じるようなこともあったと思うのだが‥‥。
全体に香りが薄らいでいるのか、私の鼻がバカになっているのか、他の余計な匂いが強まっているのか。

ともあれ、沈丁花の姿と香りに出会うと、昔馴染みに会ったような気分になる今日この頃。

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2002年3月16日 (土)

Say Hello to iMac

うふ。
うふふふふふ。

来ましたよ、ついに。
iMacが!!!!!
早かったなぁ~。エキスポの前で嬉しい。
あまりの早さに、インターネット環境の整備ができていない(笑)。
うちはISDNなので、USB接続のTAか、あるいはISDN対応のルータが必要なのだ。
どっちも手に入れていないので、今すぐに通信用Macをどかすわけにいかない。

とゆーわけで、現在はお雛様を片づけた(今日しまった)跡地、すなわち円テーブルの上に仮住まいしている。
早う何とかせねば。

とりあえずネット以外はつないで起動。かわいいかわいい(←馬鹿)。

‥‥ん?
こ、この子‥‥ディスプレイが水平じゃな~い!!
キモチワルイよう(涙)。
私、ダメなの、水平じゃないとかそーゆーの(ほんの一寸なんですけどね)。
しかし、前後左右には動かせるこのディスプレイ、斜め向きの角度の調節はできないのであった‥!(当たり前だが)
ああ~、早速月曜にはアップルのカスタマーサービスにお電話かい~。

ナンにせよ、新しい機械というのは楽しくてわくわくするもの。
しばらく周辺機器をそろえたりして楽しく人生過ごせそう(←馬鹿?)。
それと同時に金も飛んでゆく~(涙)。

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2002年3月15日 (金)

コンサート:第52回定期演奏会★バッハ・コレギウム・ジャパン 3月15日(金)

■演奏:バッハ・コレギウム・ジャパン
■独唱:ゲルト=テュルク(福音書記者:テノール)、エッケハルト=アーベレ(イエス:バス)、ドミニク=ラーベル(ソプラノ)、ロビン=ブレイズ(カウンター・テナー)
■日時:2002年3月15日(金)19:00~
■会場:東京オペラシティコンサートホール(タケミツメモリアル)
■曲目:ヨハネ受難曲(1725年、第2稿)BWV245

まず、1725年第2稿であると心に留めなければならないらしい。
通常演奏されるのは1724年版で、それと1725年版とはかなり異なっているらしい。
どっちのCDもまだ持っていないので、エセ・バッハ・ファンであるワタクシには聞き比べられなかったが(笑)。

いつもどおり、合唱と木管がとてもうまい。
加えて、ゲルト=テュルクが実に実に美しかった。
テノールっていつも福音書記者の役だから、物語をつなぐ重要な役目ではあるものの、メロディ的にあんまり聞かせどころがある役ではないのだが、そんなことを忘れるくらいよかった。
今までにも何回かBCJとテュルクの組み合わせで聞いたけれど、こんなに美しいと思ったのは初めてだった。
彼自身も終わった後、ずっとニコニコと嬉しそうだった。
自分でもわかるくらい出来がよかったのかも。

以前、「マタイ受難曲は悲劇的にドラマチックに、ヨハネ受難曲はもっと内省的に書かれている」といった評を聞いたことがあったけれど、今夜のを聞く限り、全く逆だったと思う。
ヨハネ受難曲はものすごくドラマチック。
とりわけ群集の部分のコーラスが、群集の騒がしさ愚かさ悲しさを感じさせてくれる構成になっており、そのおかげでキリストの受難への同情がいや増す。
どこかのロック・オペラも真っ青。
‥と、私は思った‥けど‥専門家じゃないのであまり頭から信じないように(汗)。

出だしの部分が後にマタイ受難曲に使われた曲だったり、最後のほうにあるソプラノのアリアの伴奏がマタイの有名なアルトのアリアの伴奏を連想させたり、次のマタイ受難曲公演への期待がふくらむ一夜だった。
いよいよ29日はマタイ受難曲だ。今からとても楽しみ。

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2002年3月14日 (木)

読書:『帰りたかった家』★青木玉

■書名:帰りたかった家
■著者名:青木玉
■出版社名:講談社(講談社文庫)
■発行年月:2000年02月

今度の本は、露伴と過ごした話ではなくて、主に実の父親に拘わる話がまとめられている。
『帰りたかった家』とは、父と母と自分とが幸せに暮らしていたころの家である。

内容は読んでいただくとして、これを読むと昔の生活の様子が実によくわかる。
うまく描かれているのだ。いいなぁ、こういうの、などと思わされることもしばしば。
そうした日常の描写の上に、切なさが屹立する。

しかし、やはり『小石川の家』には敵わない。
あちらは滅茶苦茶面白かったが、こちらは、上質なエッセイという感じだ。
読んで損はしないけれど、『小石川‥』のように次へ次へと貪るように読み進む本ではない。
そこらへんが優しくて凡庸な父と、質実・緻密にして洒脱な露伴との差でもあるのだろう。

文章に関して言えば前作よりもこなれていると思う。
読んで損はしない。でも先に『小石川‥』をたいらげることをオススメする。

▼この本はこちら。
帰りたかった家 (講談社文庫)

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2002年3月13日 (水)

出荷

夜。最近、早く帰れないので嫌だ。
お家に帰って冷凍食品で簡単に食事を済ませて、メールチェック。
あっ、アップルさんからお手紙来てる! ドキドキ‥‥
(開封)
なになに?
「以下の製品を出荷しました」

やったあああ!! iMac、出荷だあああ!!

海外工場からの直接発送だそうで(キーボード交換してもらったから)、
海外とゆーと配送にどれくらいかかるのだろう? まさか船便じゃないだろうな(笑)。
ともあれ、今月中には新iMacにおめもじできそうだ。
嬉しいなぁ。エキスポの前に来るといいけど。

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2002年3月12日 (火)

口ずさむ

ふっと気がつくと、知らないうちに唄を口ずさんでいる‥‥そんなことはないだろうか?
私はよくある。よく、というか、困ったことにしょっちゅう‥‥‥。

ここ何回か、郵便局へ行った帰りに、あるところへさしかかると「朧月夜」の唄を口ずさんでいる自分に気づく、というのが続いた。
なぜ? なぜ「朧月夜」なんだ??
別に最近、どこかで耳にしたわけでもなし、全然脈絡がない。
まぁ、時節柄おかしくはないが、別に季節を感じて口にしているわけじゃないと思う‥(そこまで風流な人間ではない)。だいたい昼間なんだし。

今日、その理由がわかった。
「あるところ」の手前に、お茶屋のようなコーヒースタンドのようなヘンな店があって、そこで「朧月夜」という名のお茶パックを売っているのだ!!
どうもそのお茶パックに書かれた文字を見て、自動的に口ずさみ始めていたらしい。
わかったとき、自分でもおかしくて笑ってしまった。

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2002年3月11日 (月)

CDのボリューム

どーしてCDっていちいちボリュームのレベルが違うんでしょうか???
この間からドジばっかり。

だいたいクラシックのCDはボリュームが小さいので、大きくする。
するとその次にうっかりボリューム大のポップス・ロック系をかけると、「ジャカジャン!!」とものすごい音量で曲が始まり、「しまった!」と青くなるという寸法だ。

最近購入したヘンデルのオラトリオ「サウル」が、どえらい入力レベルが小さい。
聞こうとすると思い切りボリュームをあげなければならない。
そしてそのあとにうっかり東京スカパラダイスオーケストラの「カナリヤ鳴く空」なんてかけちゃったらもう‥‥(涙)。

そのあとまたクラシックが聞きたくなって、モーツァルトのレクイエム(アバド)をかけてみたりなんかして。
これまたボリュームが小さい。
なんなんだよ~。だいたいレクイエムなんてかそけき演奏なんだからさ~、こんな音量じゃ聞こえるわけないじゃん~。
そしてそのあとにうっかり東京スカパラダイスオーケストラの「美しく燃える森」なんてかけちゃったからもう‥‥(涙)。
学習しない自分が悲しかった‥‥(涙)。

近所の方、うるさくしてすみませんでした。

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2002年3月10日 (日)

交換騒動

最近、ドジばっかりやっている。
実はこの間も、某A社のWeb Special Packなるものを買うとき、うっかりWindows版を買ってしまった。
生きる君のCD-ROMのパッケージを開け、CDドライブに挿入してインストールしようとした時点でやっと気づいた。
なんじゃ、こりゃ?
そう、Windows版だから、CD-ROMの最初の階層が見た目まるで違うのだ。
「あっ」と思って早速購入したヨドバシカメラに電話した。
「間違えちゃったんですけど。しかもパッケージを開けちゃったんですけど‥」
電話に出たお姉さんは、アドビ‥あ、実名出しちゃった‥のサポートで了承が得られれば、交換できると言う。
その日は土曜日だったので、早速月曜になってから教えてもらったアドビのサポートに電話し、その内容を伝えると、「そういうことはうちではやっておりません。こちらの電話番号にかけてください。」
おおっと、たらいまわしの始まりか?
恐怖しつつも次に教えてもらった電話番号にかけ、同じ内容を繰り返す。

「アドビさんに了承を得られれば交換できると言われたんですけど」
「当社ではそのような権限は与えられていません」
「?」
「購入先の業者様と仕入れ元との取り決めであって、こちらで交換してよいという判断はできません」
「つまり、『無償で交換はできない』ってことですね?」
「そうは言っておりません」
(表現が違ったってそうなんだよっ、頭の悪いやつだな!!)
「ちなみに有償で交換するといくらかかるんですか?」
「5250円です」
(25000円相当の商品買って、すぐに5000円の出費は‥‥(涙))

アドビのサポートは埒があかない‥とゆーか、「開けちゃったものを無償交換できねーよ」ということなので、仕方なくもう一度ヨドバシカメラに行き、売り場のお兄さんを捕まえて相談した。
お兄さんは親切な人で、交渉してみてくれるという。
それから2週間ほどして電話がかかってきた。
「やはりどうもダメのようなんですよ。はっきりとした返事はもらってないんですが‥‥それで、これ以上お待たせするのは申し訳ないので、私の責任で交換させていただきます」
うわぁお。なんて親切なんだ!!
おかげさまで昨日、ありがたくMacintosh版と交換させていただきました。
ありがとう、ヨドバシさん!!
(生きる君のパッケージを破っただけで、あとはすべて手付かずだったので救われたらしい)

しかし‥‥‥改めてみてみると、アドビの製品はひどい。
どっちがどっちの版か、パッケージをぱっと見ただけでは全然わからない。
ひっくり返して調べてみたが、側面に一箇所、5×5センチくらいの大きさで「M」「W」と印刷されているだけ。しかも印字色がまったく同じ。こんなんでわかるかっ。
全体の色調を変えるとか、ビニールの上から大きなシールを貼るとか、工夫してほしいなぁ。
この顛末をアメリカのアドビに訴えてみようかなぁ、パッケージをもうちょっと何とかしてくださいって(日本のアドビは信用ならんので言わない)。

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2002年3月 9日 (土)

点景

土曜日の新宿駅で。
丸の内線から降りようとしたら、親子連れが電車に乗ろうと待っていた。
小さな男の子が乗りたくてうずうずしているようなのを、お母さんが男の子のそばにかがみこんで、「降りる人がみんな降りてから乗るのよ」と電車に負けない大きな声で言い聞かせていた。

それだけなのだが。
なんとなくほのぼのしてしまった。

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2002年3月 8日 (金)

舞台:「天保12年のシェイクスピア」★赤坂ACTシアター

■演目:「天保12年のシェイクスピア」
■脚本:井上ひさし
■演出:いのうえひでのり
■出演:上川隆也、沢口靖子、古田新太、他
■会場:赤坂ACTシアター

天保12年にシェイクスピアが生きているわけではない。
シェイクスピア作品をパロった天保12年のある郷の話である。

のっけから「これは『リ』‥? じゃあ『リ』で行くの?」と思うがとんでもない、出るわ出るわ、次から次へとシェイクスピアのパロディが。
※え~、まだ見ぬ人のために、シェイクスピア作品名はイニシャル1文字のみ表示します。
あっというまに『マ』だの『ハ』だののモチーフに突入。
そして主役が出てきて「せむしだ」と語るだけでシェイクスピアファンは感得する。
「こいつは『リ』だ!」(上の『リ』とは別)
まだまだあるぞ、いつの間にか『ロ』が始まって、『オ』もちゃんと入れられて、ああもうあとはわからん!!
もしかすると『コ』とか『お』とかもあったのかも。
ああ~、もっとちゃんとシェイクスピア読んでればよかったああああ~。
‥‥‥‥読んでなくても十分笑い転げられますが。

ま~、全編通して石窟‥ちがった、セックスとバイオレンスで塗りたくられ、
台詞にはもう実に実にくだらない駄洒落と言葉遊びがちりばめられ(<誉めてます、一応)、
「井上ひさし、あんたトシはいくつよ!?」と思うくらい若々しい感覚の脚本。
‥‥駄洒落はしっかり親父ギャグだけど。

物語は、ある郷で起きる赤裸々な人間模様を赤裸々に描いたもの。
まぁ、有体に言えばやくざの抗争にからめて、落ちぶれ・成り上がり・色の道を「これでもか、これでもか」と書いてるんだけど‥‥‥
主人公は確かに『リ』なのだが、『マ』のモチーフが全編を一貫させている。
『マ』とは違った、けれどまるで『マ』のようなリドルが実に上手い。

「あたくし、お上品な劇しか見ませんの」という方には全然奨めないが、それ以外の方はぜひご覧下さい。
陰の義太夫がじゃかじゃかエレキを鳴らし、最後の最後は「ジーザス=クライスト・スーパースター」のパロディ演出で締める、とにかく笑えます。

あと一点。特筆すべきことだが、女郎を演じる女性陣の動きがすばらしい。
着物を着こなし、実にいなせに、イキに歩いたり踊ったりしてみせる。
あのね、最近の俳優さんって、着物を着ると実に無様に歩くんですよ。
「歩き方からやり直してこーいっ!!」と叫びたくなるのが多いんだけど、今回は違った。かっこいい。
そしてまた、こうした女郎・魔女の寄り合いが場面と場面をしっかり繋ぎ、舞台をいっそう魅力的にしていた。

※追記:そういえば『ジ』もあったかも。
シチュエーションではなくて台詞のみパクっていた(?)のでわかりにくかったが、大親分が集まるときの主人公の話しっぷりは、ちょうど『ジ』のラストに重なる気がする。

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2002年3月 7日 (木)

映画:「時の支配者」★ルネ=ラルー監督

3/5の日記で「大阪くんだりまで行って‥」と書いて思い出した。
今回は「大阪くんだりまで行って私が何をしてきたか」第2弾。
実は映画を見てきてたりなんかしちゃったのであった。
ホント、何やってんだか‥‥。

いやぁ、マイナーそうな映画だから、絶対にレンタルビデオにならず、二度と上映がかからないだろうと踏んで、わざわざ見に行ったのだ(誤解のないように書いておくと、メインの用事は別でした)。
ところがこの間TSUTAYAでぷらぷら見ていたら、その映画がレンタルビデオとして取り扱われているではないか。吃驚したなぁ、もう。
じゃあわざわざ大阪で見なくてもよかったのでは‥‥‥?(涙)

モノはフランスのアニメである。
有名なイラストレーターであるメビウスをデッサンに招き、SF作家ステファン=ウルの「ペルディド星の孤児」を原作に、推理小説家ジャン・パトリック=マンシェットが脚本化し、ルネ=ラルーとメビウスの脚色により、ハンガリーのパンノニア・フィルム・スタジオで動画7万枚と3年の歳月をかけ制作されたとゆーシロモノ。

「20年経った今、メビウスの描いたものがアニメーションとして唯一観ることができる本作は、果てしない宇宙の冒険を描いたアニメーション映画の傑作である!」
というのが、映画のウリであるらしい。

これは面白かった。物凄いどんでん返しとかCGバリバリの映像美とか、そーゆーのはないのだが‥‥
いやぁ~、実にフランスだねぇ。
出てくる敵がもう‥‥アメリカ人、絶対に考えつかないよ、これは。
つーか、フランス人以外考えつかないんじゃないか??? さすがデカルトの国。

普通は暴力による脅威に暴力・知力で対抗するヒーローを想像するでしょう。
違うのだ。そんな生易しい敵ではないのだ、この映画に出てくるのは。
「敵」という言い方もおかしい。「難関」が正しいかも。
「アンチ・アイデンティティ」の化け物、「全体主義」が最大の難関なのである。
これだけ言ってもわからないと思うので(実はしっかりバラしてるにも拘わらず)、
気になる人はビデオ屋にGO!!(笑)

宇宙ハスの妖精がかわいい。
他では味わえないテイストのあるアニメ。大人にもオススメ。
絵を見たい方はこちらへ

▼DVDはこちら。
時の支配者〈デジタル・ニューマスター版〉 [DVD]

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2002年3月 6日 (水)

読書:『猛スピードで母は』★長嶋有

今回の芥川賞受賞作である。
例の如く「文芸春秋」に全ページ掲載されていたので読んでみた。

まあ‥まあですな。
別につまらなくはないけれど、「面白いっ」とは思わない。
ただ、主人公の慎(まこと)くんと世代が近いらしくて、「ああ、そういえばあの頃そうだった」と思える記述が多かった。
しかし‥他の世代にこれが通用するとは思えない。通用しなかったとき、どれだけ面白みが減少するか‥‥。

誤解の無いように言っておくと、つまらない作品ではない。
内容は、小学生の慎の目を通して語られる、母一人子一人の家庭。
ぱっとした明るさはない代わり、「母子家庭」から連想するようなしめっぽさもない。
アクセルをがんがんに踏んで他の車を抜き去るような、ちょっと不良じみたところのある母。
(不良って、死語?)
いわゆる「おふくろ像」からは遠いけれど、慎はそんな母が大好きなようだ。
その辺はよく伝わってくる。

でも、最近の流行なのか、やっぱり感情移入しにくい。
母には全然感情移入できないし、慎は慎で、するには幼すぎる。
苛めにあう話で、慎がその苛めを正当なことと捉え、とにかく災禍が過ぎ去るのを待った、というような記述があったと思うのだが、それはわかる。
私も小学生のとき苛めにあったが、別に理不尽さを感じもしなければ、反抗もしなかった。ただ、意地悪な言葉が去るのを待つだけだ。親にも教師にも言おうなどとは思わなかった。
そういう類似点を持っていてすら、感情移入ができない。
だから結局カタルシスは生まれない。

同じ公団住宅に住む須藤くんが、自分が気にしていたことを、ずっと気にかけていてくれたのだと知ったとき、慎が成長する。その段は上手かった。
でもここも記号的な感触が抜けない。生っぽくない。
もっともこの現実社会がそのように希薄になってきているのだから、それは致し方ないことかもしれない。

選者のひとりが、「幼さ装いをしながら、『母』の言葉で大人の情報を補って、作品全体を大人の世界にしている」というようなことを書いていた。
なるほどな、と、思う。それは確かに成功している。上手いことを言う。
「幼さ装い」とは上手い言葉だ。現在の社会を示す言葉でもある。
でも、どっちかといえば宮本輝や石原慎太郎の辛口批評に一票。カタルシスがない。目新しさがない。
何より私は「幼さ装い」の風潮が大嫌いなのである(笑)。

で、結局読んでいて一番面白かったのは、選者の評だった(笑)。
今回は特にてんでばらばらで面白い。ぜひオススメ(笑)。

▼この本はこちら。


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2002年3月 5日 (火)

ノート

お気に入りのノートがもうなくなりそう。
A5判で方眼でリング式のノートなのだが、同じシリーズがもうどこにもないっ。
参ったなぁ‥‥すごく使いやすくて好きなんだけど。どこかにないものか‥‥。

先年、大阪に行ったときに、とあるお店でそのシリーズのノートを発見して、
「ここで買わねば!!」と4冊もゲットしておいたのに、すでに在庫はあと1冊‥‥。

しかし、大阪くんだりまで行って、一体何をしとるのだ、私は?(苦笑)

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2002年3月 4日 (月)

スピーカー

一階のオーディオのスピーカーが新しくなった。
AEとかゆー輸入物らしい。オーディオには詳しくないのでわからない‥。
母親が先週、同窓会で引き当ててきたのだ。

音がずいぶんクリアになったと思う。
スピーカーを変えるだけで変わるものなのだなぁ。
前のスピーカーはもっと音が柔らかかった。どちらも捨てがたい。

え? 両方つけろ?
アンプのジャックが1回線しかないのでござりまする。
ダブル・スピーカーにするならアンプから買い換えねば‥‥そんな予算はなさそう(笑)。

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2002年3月 3日 (日)

ひな祭り

♪あかりをつけましょ ぼんぼりに
♪おはなをあげましょ もものはな

みなさん、お雛さまをお持ちでしょうか?
私はおじいちゃんおばあちゃんに買ってもらった立派なセットを持ってます(妹と共有)。
ふくよかなかわいいお雛さまで、お気に入りです。
雛壇も立派で、ちゃんと七段まであります。

こ~れ~が~組み立てるのがけっこ~大変で~(笑)。
だって重いし面倒だし。段は木材(割と重い)、骨組みはスチール・ネジ止め(これも重い)。
下手に動かすと床の間を傷だらけにしちゃうから気を遣うし。
毎年毎年頭痛の種になっていたのですが‥‥最近、解消されました。
そう、我が家に丸テーブルが来てから!

去年か一昨年、「もうめんどくさいからこのテーブルの上に並べちゃえ!」と
いただきものの丸テーブルの上に人形だけ並べてみたら、まぁなんと誂えたようにピッタリ。
(いくら何でも「誂えたように」は言い過ぎか‥?)

それから、人形だけここに並べるようにしています。
お人形はね、やっぱり一年に一度はお外に出してあげないと。
虫干ししないと虫が湧いちゃう(涙)。

もう少し眺めてからしまおうっと。

20020303_2
フラッシュでお顔が真っ白(笑)

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2002年3月 2日 (土)

展示:「いわさきちひろと日本の絵本画家」展★伊勢丹美術館

■会場:新宿伊勢丹新館8階・伊勢丹美術館
■会期:~2002年3月5日(火)まで(最終日は5時まで)
■入場料:一般800円、高・大学生500円、小・中学生無料

伊勢丹美術館、最後の展覧会である。
実は2月27日にも見に行ったのだが、時間が足りなくて回りきれなかった。
で、パスを持っているのをいいことに、もう一度見に行った次第。

ちひろの作品も原画で見るとまた違って見えて面白い。
違って見える、というより、印刷物を見るときとは違うところに目がいく、と、言った方が正しいかもしれない。
決して綺麗な透明感のある水彩ではない。
けれど、逆にその不透明さにとどまる部分が、「ただの綺麗な絵」ではなくしているというか、温かさや重さや軽さを醸し出していると思う。
また、別に超絶技巧を駆使しているようでもないのに、非常にオリジナリティがあるのは面白い。
(超絶技巧を駆使しているように見えないからといって、簡単に描いているわけではない。何度も試行錯誤を繰り返し、絵の具の発色具合、混ざり具合、調和など、いくつも試し描きしているようだ。)

それにしても印刷屋泣かせの絵だなぁ(笑)。こんな淡い色調を出すのに、どれだけ苦労しただろうか。

ちひろの他には、赤羽末吉、荒井良二、井上洋介、瀬川康男、田島征三、谷内こうた、長新太、中谷千代子、西巻茅子、西村繁男、茂田井武、和田誠らの原画が展示されている。

なんと言っても長新太さんである(笑)。なんなの、このナンセンスさは。原画見ているだけでげらげら笑っちゃうよ(爆笑)。
赤羽さんは、『スーホと白い馬』を描いたひと。原画で見ると、競馬の画面なんかいっそうスピード感が増して、ひとを唸らせる。
茂田井さんは『セロ弾きのゴーシュ』の挿絵だよ、と、言ったらみんなわかるのでは?

他の人々もそれぞれ自分なりの境地を開いている。
ちなみにこの展示では各作家につき1~2冊の絵本も一緒に展示してある。時間をとれるひとは、その場で読んで、原画と見比べるのも面白い。ただし絵本はすべてちひろ美術館からの借り物なので、手荒に扱わないように。

ところで、この展示のカタログはない。
また、以前に開催された「ちひろと世界の絵本画家」展の、焼き直し的な感がなくもない。
すでにして美術館の力不足を感じさせられたが‥‥まぁ、入場料が安いし(って無料で入った奴が言うか?)、原画がよかったのでよしとしよう。

最後に長新太さんの言葉から。今回、とても印象に残った話。
こどもの言葉を集めた本のなかに「しゅくじつ」というのがあって、「おかあさん、にほんのはたが、ほしてあるよ」という。
大人には「干してある」という見方はできない。
そういうものに触れるたび、子どものための本を書いているなどとは、おこがましいことのように思えてならない、と。

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2002年3月 1日 (金)

お電話

先日の怒りまくり(2/26)のあとで、インターネットでニュースをチェックしていたらアップルがiMacの出荷日を繰り上げたという。
わーい、ラッキー。
早速お家に帰ってメールチェック。
でもアップルさんからメールは来ていない。おかしいなぁ。

母親と世間話をしているときに「iMac、発売日がちょっと早まったんだって」と話したら、「そうだ、今日、アップルから電話があったわよ。」
「アップルから‥‥? ヨドバシカメラじゃなくて?(ヨドバシに問合せ中の件がある)」
「アップルだと思うよ。iMacの何とかって言ってたから」
「何だって?」
「出荷が予定より遅れて大変申し訳ありません、先日お知らせした予定より早まりましたのでもう少々お待ちください、みたいなことだったよ。なんか気の弱そうなひとが一所懸命謝ってたよ」
「‥‥‥」
ここで悪口書いたのがばれたんだろうか?(笑)
それはないだろうが、「4月前半に出荷延期」の発表はよほど不評だったらしい(笑)。

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